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はじめまして

 投稿者:田中憲次  投稿日:2003年10月13日(月)15時31分22秒
  ついに真理にたどりつきました。

定常宇宙論は二元論により、完璧に否定されました。
二元論とは簡単に言えば、始まりがあれば、終わりがあり、
終わりがあれば始まりがあるという理論です。つまり
どんな現象も相対している現象が存在することによって
この世は成り立っているというわけです。
これによって定常宇宙論は完全否定されました。

実は二元論は宇宙一簡単な理論でありながら、
宇宙一複雑な理論なんです。何故なら未だにこの
二元論を完璧に理解している人間は私一人しか
いないんですから。。。

http://home9.highway.ne.jp/cym10262/fenomina.html

 
 

才能と意志の関係

 投稿者:STEINERメール  投稿日:2003年 3月14日(金)00時35分8秒
  <ブロッケン伯爵様>
>物理的能力の延長上にある特殊な才能
全くその通りに思います。しかし、その両者を兼ね備える事を阻害する要因の一つとして、人の意志が介在する事が多い様に感じる事も見逃せない様に思います。
才能を伸ばすには、素直さが必須とも言い換えられるかもしれませんが、これこそ神から見た愛なのでしょうか?。人から見た愛の限界線上に生きる凡人には理解出来ない事なのかもしれないと思う今日この頃だったりします(笑)。
 

プロファイリング国家よ、永遠なれ!

 投稿者:TKメール  投稿日:2002年10月14日(月)17時11分22秒
  掲示板へのレスなのですが、「論理的な突き詰めをはっきり明文化せずにほとんど流れ作業
的に判断が下されていった気」という過去のブロッケン伯爵氏の論文と関連がありますので、
こちらに書きます。

>USA無差別狙撃事件!
>まー、確かに衝撃的ではあるんですが、逆にある意味旧来のハリウッド的想像力の枠内の
>犯罪という感が無くもありません。
については、確かにそういう見方もあります。
すべてを翻訳することができなかったのでニュアンスが伝わらなかったかもしれませんが、
一方においてこの一連の報道を、想像力というよりはむしろ、アメリカ人の「既知の概念を
積み重ねて新たな概念を作るアメーバのような創造力」、と論ずることもできると思います。

すなわち、アメリカ人は、この世界に自分たちが理解できない概念がある、とはゆめゆめ考
えない国民なのです。すべては論理、あるいは言葉によってきっちりと語ることができる、
という前提がまずあります。
比較するなら、我々日本人は、未知のものを未知のまま放置できる民族です(いい悪いは別)。

それゆえアメリカにおいては、アカウンタビリティとか民主主義が発達したのかもしれませ
んが、彼らは理解できないものに遭遇すると、ある意味必死になるわけです。すべての能力
を動員してこれを解明しようとする。

911のWTCテロ報道などを見ても、日本の番組にあがちな「お涙/感動」モノではなく、どの
ような文脈の中であの事件を理解するか、既存の概念で理解できないなら、どのような概念
を新たに見出すべきか、というものでありまして、どうしても論理的につながらない部分は
「アメリカ人の勇気と正義」でつぎはぎしている感じでした。この辺を捉えるなら、桜木氏
の言われるようにいかにも「ハリウッド的」であります。

で、今回の連続殺人の報道も、論理的類推の積み重ねと、捜査当局の正義しか書かれていな
いんですね。ま、それでも日本の電波報道よりは十分客観的なんですが。
その報道の中にアメリカ人の本質の一端が見えたわけなのですが、つまりアメリカ人は、自
分たちが理解しがたいものに遭遇すると、最初に、

A. 敵対するものか
B. フレンドリーなものか

に、無意識的に分類するようです。
Aは、たとえば、サダムフセイン、戦前の日本、ナチであり、B.はアマゾンの原住民やエスキ
モーなどです。
C.ヘンタイなもの、があるかどうか考えてみましたが、アメリカ人に限ってはないと思うので
す。というか、本来はあるのですが、これを考えようとすると意識にロックがかかって思考不
能になると思われます。
このAとBの極端な二極化と、論理で説明できない部分を「アメリカの正義」で説明するのが諸
悪の根源でありまして、すなわち、イラクを「悪の枢軸国」と評するパワーの源であり、ダブ
ルスタンダード、ジョンベネ殺人事件、ひいては心理カウンセリング発達の原因と分析してい
ます。

で、Aに対しては自国の概念が浸透するまで攻撃が行われ、Bには学問が行われるわけですが、
結局は同じ手法で未知の対象にアプローチしているにすぎません。そして、何ゆえに彼らが特
定の対象をAに分類し、その他のものをBに分類したか、については一切内省されることがない
のです。月面着陸なんかも、なにゆえに人をそこに送り込まなければならなかったかと言えば、
それは我々が考えるような単純な国威発揚でなく、アメリカ人には人がそこに立たなければな
らない病理的必然性があった、と考えるべきでしょう。

アメリカ軍が作成してイギリス議会でブレアが発表したイラク軍調査書なんか、はっきり言っ
て「プロファイリング」です。なぜ自分たちがプロファイリングをするかという部分について
は、永久に解明されないと思うのですね。
 

そして、世界は今!

 投稿者:桜樹ルイ16世メール  投稿日:2002年 9月29日(日)23時29分1秒
  ドイツ帝国総選挙で、あのダークサイドフォースに満ちたキリスト教民主・社会同盟の首相候補を
抑え、現職シュレーダー候補が辛勝しましたね。世間的には両候補の対米政策の差異ばかりに目が
行ってたあたりがいささかつまんなかったですけど。


★ブロッケン伯爵
>数年ぶりにファウストを読み返して……
吾輩的に『ファウスト』の主張には、反発とは言わないまでも違和感を感じました。確かに
「現世において人間は、何に真の視線を向けるべきか」ということを霊界的観点も含めて
的確に描こうとした作品の嚆矢で、途中のちょっとした表現にも只のドイツ人とは思えない
含蓄ぶかさがにじみ出ていて素晴らしいのですが、しかしあのラストの「救済」の場、
伯爵がまさに本作のキモとして指摘したあの場面が引っかかるのです。
自分で何かをつかみとるのではなく、漠然と「何かまずいよなぁ」と悩んでただけなのに
最後に他力本願的に「女性の偉大なる母性」で救われきってしまうという、あれでは何やら
魂の徳政令みたいなもので、俗世的な道義だけでなく霊エネルギーバランス的な観点からも
不自然さが残るような気がしてなりません。

ありていにいえば、『ファウスト』で呈示される母性って、男性の手前勝手なエゴを巧みに
反映させている風に見えるんですよ。吾輩的にはああいうんじゃなく、サッカーで喩えると

ゴール前に絶妙のパスを出す

のが女性本来の輝きじゃないかと思うわけで、それを見事ゴールに叩き込むか、あるいは
ゴールポストに当ててしまい天を仰ぐか、そこが男性の役割でありまた運命でもあるように
感じる次第です。

と、まあこのへんはErika様の影響もかなりあるでしょうね。彼女に薦められた、あるいは
その影響下に読んだ小説、つまり『巨匠とマルガリータ』『フーコーの振り子』『百年の孤独』
はみんなそういう作品でしたし。また、彼女がディックの傑作として『ユービック』を挙げて
いたのもこれと無関係ではないでしょう。そう、エラ・ランシターというキャラクターの役割、
位置づけ、etc.

Erika様はそういうやり方で吾輩をドイツ的価値観から巧みに、そして確実に遊離させて来て
いるわけですね。で、今のところは「カルチャーとサブカルの決定的違い」について話したり
しているところなんですが、なんにせよ、やはり本物のメーテルの知力と感性は凄いものだと
思わずにいられません。


日本語とドイツ語の相性の問題については、言われてみれば確かに非常に興味深い問題ですが、
今のところこれといって手持ちの材料が無いので、何かピンと来るものがあったら別途お話し
したいと思います。ではでは。
 
 

ディズニーとナチス

 投稿者:しまメール  投稿日:2001年 8月10日(金)09時37分15秒
  このような順番で書き込みすると、ケンシロウとラオウが対峙しているところに、野盗がのこのこ
さまよい出てきたような感じがします。

ディズニーとナチスといえば、以前BSで放送された『ヒトラーが夢みたミッキーマウス』という
ドキュメンタリーを思い出します。ナチス政権下でのアニメーション映画製作の顛末を描いた番組
でした。
ゲッベルスにミッキーマウスの短編を見せられたヒトラーが感動のあまり、我々ドイツ人はもっと
素晴らしい映画が作れるはずだと、アニメーション製作が始まるのですが、結局のところ、費用と
人手をかけても目指した長編は完成せず、むしろ下請け的な役割だったチェコで、ディズニーの
後追いでない良質の作品が出来上がったというオチがつくわけです。

この番組の中で、ディズニーの『白雪姫』を観たゲッベルスの感想が紹介されます。
「素晴らしい芸術作品だ。細部に至るまでよく考えられており、作品の根本に人類や自然に対する
大きな愛がある。これこそ芸術だ。」
強制収容所に送られた人々にも愛を分けて欲しかった、とツッコミを入れたくなりましたが、それ
はさておき、この感想からはとても夢見がちな人物との印象を受けます。(ヒトラーの方は、よく
わかりません)
本来の童話のえげつない部分を捨てたディズニー作品に、ゲッベルスが職業的な意味で惹かれる
のでなく、素直に感動しているところから、彼の能力が計算の上で成り立っているものでなく、
自然体でいたらそういう風になってしまった、と思えてくるのですが、実際どうなのでしょうか。

これは、平井正著の『ゲッベルス メディア時代の政治宣伝』(中公新書)を読んでも感じたこと
なのですが。

>P・カレル/G・ベデカーの『捕虜』
わたくしも非常に興味があります。大変有り難いお話しなのですが、ただいま趣味の本を読む
時間があまり取れない上に、読みかけの本も色々ありまして、お借りしても何時読み始めることが
できるか判らない状態です。そういう訳ですので、暫くは古書店を探してみることにいたします。

あ、しょうもない書き込みを続けていたら、黒王号の足が目の前に………
 

では、私はあえてナチ・ドイツの特殊性に焦点を当てたアプローチを(2)

 投稿者:桜樹ルイ16世メール  投稿日:2001年 7月22日(日)14時22分20秒
  案の定、書き込み1発では収まらない量だそうです。

★しまさん(続)
>ゲッベルスって、絶対的な基準で高い能力を持っていた人物で
>あったのか、駄目駄目な連中のなかで一番ましだったのか、
>イマイチ判断がつきませんね。
さすがしまさん、鋭い着眼点ですね。これは吾輩的にもナチを語る上で欠かせない命題であると
かねてから思っておりました。

ゲッベルスの才能というのは、後世に向けて汎用性の高いものとして知られていますね。
しかし、彼がそのまま一般的な国際市場に乗り込んで成功するかというといささか疑問です。
なぜなら彼は他者を類型化/単純化するだけではなく、自分自身の存在までをも「類型」に
仕立て上げすぎたように思うからです。

で、それは要するに身も心も超優秀な「意味単純化翻訳マシーン」と化する道であり、ナチの
思想にもマッチした人格の単機能化でもあるんですが、しかし単純化の前提として「元々の意味」
を理解する能力も必要なわけで、とどのつまり、彼の知性・教養といったものの存在理由は
そのへんにあったんじゃないかと思われます。人格全体からみたバランス性とは全く無関係に。
ゆえに「女優とベッドインするじゃん♪」という俗物根性が堂々と並存できるわけで(笑)

しかしこれはある意味、ヒトラーの都市/社会設計理念にあった「機能というものはすべからく
明確に視覚化されねばいかん」というのと通底していて、ゲッベルスはそれを人格的に体現した
存在としても総統から評価されていたように見えます。評価といっても実際にはバカにされてる
のと同義であるような気もしますが。まあ、それゆえ例のシュペーア発言にしても、真意は
 
確かに頭良かったけど、こっちの
理解を超える部分は無かったなー
 
みたいなところにあるんじゃないかと思います。換言すれば「測定可能な優秀さ」というか。

ちなみにこれと正反対なのが官房長官マルティン・ボルマンですね。「表面的には凡人かも
しれないが、しかし次に何をするか窺い知れない」というのが実にポイントです。さりげなく
速記者を用意してヒトラーの雑談録を後世に遺すなど、ゲッベルスの卑小な高速回転頭脳からは
決して生じてこないアイディアでしょう。
さすが、第四帝国総統として南米でゴルゴ13に倒されただけのことはある男ですの(笑)

それにしてもシュペーアという人物は興味深いです。たぶん、ナチ領袖の中で本来的な意味での
「知性」を持っていたのは彼だけじゃないかと思います。ニュルンベルク裁判でゲー閣下とかと
違って極刑を食らわなかったのも、連合国側が彼に人間としての存在価値を認めたからなんで
しょうし。ということで、ある意味、そもそもナチの大幹部として存在自体が許されないはずの
人でもあるんですが、その彼が軍需相である以上に「友人」としてヒトラーから信頼されていた
という事実には、改めてナチ精神の深淵ぶりというものを感じずにいられません。


つーことで、ブロッケン伯爵に対する北斗奥義レスは次回です。あれも吾輩が元々考えていた
部分をみごとに直撃する内容なので、実に腕が鳴ります。
乞うご期待。
 
 

では、私はあえてナチ・ドイツの特殊性に焦点を当てたアプローチを(1)

 投稿者:桜樹ルイ16世メール  投稿日:2001年 7月22日(日)13時32分58秒
  ★おでっささん
いやー、残念ながら『死の泉』は観に行かんかったです。多忙だったというのもあるんですが。


★しまさん
>『Uボート・コマンダー』
確かにこれは良書です。んで、しまさんのおっしゃる通り、冷静で抑制の利いた語り口と
いうのは勿論ポイントなのですが、ドイツ人の場合「機械的に」冷静ぶりを発揮することが
無きにしもあらずなので、そのへんいささか注意が必要だったりします。
また、しばしばドイツ人は重要性の度合の異なる話題を無頓着に並置するような文章を
書きがちで、全体の意図が読み取りにくかったりするんですが、クレーマー少佐の場合、
何事も頭の中で全体とディティールの区分をしっかりつけながら書いている感じなので、
判りやすく読みやすいです。
これはたぶん思考回路の根本的な出来の問題で、やはり、あの激烈な大西洋Uボート戦を
生き延びたことと無縁ではないのでしょう。また、そもそも母親がフランス人で曾祖父が
英国海軍の軍人だったという多国籍ルーツぶりも関係しているように思えます。

というわけで、『Uボート・コマンダー』は本来的には個人の体験記なのですが、その割には
大西洋戦争の概況も巧みに俯瞰できる内容になっていてナイスです。
まあ、著者の軍人としてのキャリアパスがそれなりに広かったということも言えるでしょうが、
例えば映画『U-571』のモデルになった捕獲潜水艦U-570からの攻撃をギリギリで躱し、
しかも自艦がヨレヨレの状態で変な雑音を出していた為「撃沈したと相手に思わせて命拾いした」
とかいうあたり、なかなかけっこう尋常じゃありません。ハードカバー版のオビ広告で、普段
ドイツ海軍を敵役とした作品を描いているイギリス海洋戦記小説の大家、ダグラス・リーマンが
絶賛していたのもむべなるかなといったところです(笑)

また、しまさんが挙げておられる「英国諜報部の超いやらしい心理攻撃作戦」ですが、これに
ついては、P・カレル/G・ベデカーの『捕虜』という著作にその恐るべき実態が詳説されて
おります。ドイツ人捕虜仲間のふりをしたスパイがUボート戦隊どうしの競争心を巧みに煽り
ながら新型器材の情報をまんまと聞き出し、でもってその場で書いた図解メモの類については
「じゃあこれはイギリス人に見られる前にトイレに流そう」と流すと、下水の先でちゃんと
回収班が待ち受けているという.....まったく素晴らしい限りです(笑)

ちなみに『捕虜』という本、この他にも、クレーマー少佐が計画を練ったカナダの収容所からの
大脱走作戦の顛末(収容所内部のお話)とか、クレーマーと共にデーニッツの特命を受けて出撃
しながら捕虜になってしまったグッゲンベルガー大尉のアリゾナ収容所脱走物語とか、なにげに
『Uボート・コマンダー』の内容とクロスする部分が多いのも面白いです。が、それだけでなく、
例えば収容所内での「裏切り者」捕虜の扱いを巡る実録心理ドラマや、捕虜になってからの
「ナチ思想維持度」とその思想的再教育の問題など、人間性の本質に鋭く斬り込む良質な話題も
多いので、しまさん的にも興味深く読めるのではないかと思います。
ただし残念ながら、これ、出版社がつぶれてしまったため絶版本なんです。同じ作者の一般戦記
モノは学研などから再版されているんですが、『捕虜』は主題が重くて地味なせいか、そういう
再デビューを果たせないみたいなんですね。超ナイスな内容なのに。まったく哀しい話です。

なので、ご興味があればウチの在庫をお貸ししたいと思いますので、メールなりなんなりで
ご連絡いただければと思います。それだけの価値はあるシロモノです。うひょ♪
 
 

『Uボート・コマンダー』

 投稿者:しまメール  投稿日:2001年 7月11日(水)08時48分47秒
  桜樹ルイ16世閣下ご推薦の『Uボート・コマンダー』を読みました。

戦記を読んだのは初めてですので、他との比較はできませんが、抑制された語り口が印象に残り
ました。地獄のような状況でも、感情的になることなく、事実を積み重ねて記述しています。
それだけに、一番最後に書かれているクレーマー少佐の気持ちが、心に染みます。

こちらのサイトでも、よく語られているおドイツの特質も、散見されました。
敗戦間際に新型Uボートを開発しているくだりも、その一つでしょうか。
色々ある中で、特に印象に残った個所を引用します。

しかもイギリスは、この秘密を知っていることを隠したりしなかった。それどころか、裏切者が
「ボルト」のことをしゃべると、彼らはすぐさま、われわれが使用価値のないくだらない兵器を
使っていると放送した。われわれが「ボルト」のことをまだひそひそと話しているとき、敵は
おおっぴらにそれを発表したのである。(203頁)

このときまで、私自身は宣伝を広告と同じくらい軽く考えていた。宣伝相がゲッベルス博士で
あるせいで、宣伝という言葉の印象が悪かったのだ。われわれ士官は、ゲッベルスのことも敵と
同様に信じていなかった。(204頁)

前者は、Uボートが撃沈したと偽装する装置「ボルト」の秘密を入手した後に、英国がどう対応
したかを記した個所ですが、もはや何の説明もいらないでしょう。
こちらのサイトで再三再四語られる、人をコケにさせたら右に出る者はいない、英国の真骨頂を
端的に表したエピソードですね。素晴らしすぎます。

後者の方は、ゲッベルスって巷で言われているほど、宣伝に長けていたのではないのでは?と
思わせる記述です。
ゲッベルスについては、当時の政権内ではどう見られていたのでしょう。
月刊PLAYBOYの先月号に、1971年になされたシュペーアのインタビューが掲載されて
いました。彼は、ゲッベルスがヒトラーの取り巻きの中で一番頭がよかったし、会話もできたと
評価を与えています。ところがそのすぐ後で、映画女優とベッドに入ることばかり考えていた、
とも答えています(記憶に頼っているので少しあやふや)。
これでは、絶対的な基準で高い能力を持っていた人物であるのか、駄目駄目な連中のなかで、
それでも一番ましだったのか、良く判りませんね(笑)。
 

「死の泉」ストーリーと舞台写真

 投稿者:おでっさ  投稿日:2001年 5月20日(日)11時43分1秒
   死の泉のストーリーと舞台写真があるHPです。

 原作の解説は下記へ

 オーバーザルツブルクなどとマチガイを平気で書いているので、日本人の限界は見えてはいますが。^^;
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/fsyohyo/sinoizmi.html

http://www.studio-life.com/studio-life/re_dsb/story/story01.html

 

演劇「死の泉」

 投稿者:おでっさ  投稿日:2001年 5月20日(日)11時37分36秒
   皆川博子原作の奇妙なミステリー小説「死の泉」の演劇の再演です。レーベンスボルンを題材にしています。URLに情報あり。

http://www.theatre-apple.co.jp/kouenjyouhou.htm

 

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